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2007年3月 5日 (月)

手橇の技



飛騨も暖冬であった。
里も山もすっかり春の装いとなっている、
森の中は融け残っているけれど、
もはや雪山の風情では、ない。

朝八時。待ち合わせ時間通りに、先方宅へ。
「昨日踏んでおいたから」
と、撮影をお願いしたOさんが迎えてくれる。
きちんと誠実に年を重ねた、古老と呼ぶにふさわしい
大正最後の年に生まれた、正しき山の老人である。
そして、ちょうど今日が誕生日であった。これは偶然。

さて、その古老に無理矢理お願いしたとおり、
仕事をしていただく。
もう何十年も、体に染みこんでいる技を披露していただく。

正確に言えば、仕事のフリ。ヤラセ?
何とでもいってくれ。
他の誰にもできないことをお願いしているのだ。

納屋の奥から、小さく束ねられた数本の木。
それを、ぐいぐいと締めながら組んでゆく。

家の裏手に続く森には、それでも一応しっかりと雪が残っている。
しかし、予想外の出来事。
「凍みていない」

長い人生経験でも初めての暖かさ。
昨日踏んだ雪面が、ザクザクと粗目雪のまま凍っていないのだ。
だが、チャンスはもう無い。
古老は肩に先ほど組んだ橇を背負い、森へ踏み込んでいった。

倒木を玉切りにした材を、ツルを使って橇へ載せる。
重い木を載せるときは、僕も手伝う。
ただカメラのシャッターを切ればよい、というものではない。
使いはしなかったが、僕の車にもチェンソーは準備してあった。

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Oさんを知ったのは、まったく偶然。
マイミクの流水麺氏がかつて映像関係の仕事をしていたときに、
Oさんの仕事をきっちりとビデオに押さえていたのだ。
そのビデオを見て、ぜひとも撮影したい!との思いに駈られた。
昨秋、別な仕事で高山に出かけた折、
夫さんのOさんの名前をたよりに、車を走らせた。そして、出会うことができた。
そして、3月の撮影を約束していたのだ。
通常、3月になると雪が沈み、仕事ができるようになる。
だから3月だったのだ。

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木を載せた手橇。
柔らかな沈み込む雪に再三再四、橇は難渋した。
固まらぬ雪を、それでも踏み固めた。
ほんのわずかな距離の移動に、
橇も悲鳴を上げているようだった。
Oさんが手こずっているのがわかる。
申し訳ないような気分だ。
沈んだ橇を、何回か動かした。
しかし、ある場所からほんの10メートルほどだったろうか。
橇は見事に斜面を下ったのだった。
音もなく。バランスをとりながら。

その動きのスムーズさに、僕はあっけにとられてしまった。
あっけにとられながら、
シャッターをようやっと切ったのだ。

ほんの数秒。もう橇は動きを止めてしまっていた。
「これでいいな」
振り返ったOさんの顔が、柔らかくほころんだように、
見えたのは、遠目のひいき目か。

飛騨の手橇による木材搬出は、木下好枝が写真集に数枚残している。見事な記録写真だ。
その写真には、正直及ばない部分がある。彼女は生活の一環を記録したのだから。

でも、それでも。今撮影しなければとることのできない世界。
僕のテーマである、山仕事、にとって、重要な写真を写すことができた。

Oさん。ありがとうございました。
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以上、例によって、ミクシーと同じ内容です。
Pict9249_025
Pict9361_025
Pict9416_025

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