日々雑感おもいつくまま
年度がかわった。
少しだけ、新しい気持ちになっている。
それにしても、この半月ぐらいは、本当にしんどかった。
ぼやき節になるかもしれないが、とにかく、つらつらと書いてみる。
炭の事典。
降って湧いた仕事であった。版元は、「炭焼紀行」を出している創森社。
紀州備長炭の炭焼きさん、玉井又次氏の聞き書きに写真を提供したことで、社長の相場さんと会話を交わしているうちに、この本が製作されていることを知った。
炭に関する本格的事典。もし、何か手伝えれば、と言う気持ちがムクムクと湧いた。
送られてきたのは、もうほとんど項目立てが終わり、記事が書かれたゲラであった。
そのゲラを眺めて、正直なところ、ちょっと愕然とした。
そこまで仕事を進めてきた執筆陣は、木質炭化学会の会員であるという。
まあ、まとめ役の先生がそこのお偉いさんだ。
そのお偉いさんからは、かつて妙なインネンをつけられたことがあるので、それだけであまりいい気はしなかったのだが、とにかく記載内容がお粗末であった。
炭の事典なのに、書いている人が炭焼きの現場をほとんど見ていないだろう、と言うことが容易に察せられた。
妙に化学に傾いた記載内容からは、山仕事としての炭焼きが完全に欠落していた。
これが炭焼き事典になったら、山で仕事を重ねている炭焼きさん達が怒るのではないか、とさえ思った。
ゲラに赤を山ほど入れて、相場さんと杉浦先生にあった。杉浦先生は、炭焼きの現場をしっかりと知っている老学者で、僕はもう20年のおつきあいをさせていただいている。
まあ、事典をつくると言う作業の、細目を担当するには大御所過ぎるのだが、さすがに先生の意見は的を得ていた。そして、僕が新たな項目を含め、ずいぶん加筆訂正をすることとなったのだ。
中には、僕の知らない事象もあり、もう一度机上にて炭焼きを整理するために、一万円もする古本を手に入れたりした。こういう、採算を度外視するやり方は、はっきり言っておよそ仕事としては落第であろう。嫁さんからもクレームが付く。でも、例えほんの数行を書くためであっても、どうしても必要な資料だったのだ。
こうして、それなりの日時を費やして炭の事典の補稿を行った。
その後、僕は送られてきたゲラを見てまた激怒した。
僕は、きちんとした著者として紹介されず、編集部以来のライターとして、括弧の中に他の2名とひとからげにされ
ているのだ。
おい。俺はライターじゃねえ。フォトグラファーなんだよ。しかも、炭に関しては、ちょっとやそっとの野郎よりも、絶対に知っているはずだぜ!
抗議のメールを夜中に書き、翌日先方から電話があった。
まあ、満足行くものではなかったが、納得はした。やれやれ。
そんなことにまるまる一週間は費やしてしまった。
その間、やらねばならぬ仕事が、ずっと先送りされた。
その一つは、3月末が締め切りの、ネット関係のコンピュータ仕事であった。
昨年、山で撮影した写真をリサイズし、コメントを書いて地図に載せる。
初めての仕事。
これも、いったい幾らのアガリになるのかサッパリわからない。
少なくとも、取材費がなかったぶん、もうずいぶん持ち出している。
契約をしっかりしていない、と嫁さんに怒られる。
そりゃあわかるけれども、先輩の写真家に廻していただいた仕事である。
契約契約、と割り切ることはできない。
その仕事が、連日連夜、本当に今晩まで続いた。
それだけならまだ良い。
一番参ったのがインフルエンザだ。
先週の日曜日は、娘の卒園式であった。
のびるっ子ともついにお別れ。
この園の卒園式は、保育園での生活の集大成であり、さまざまな技を披露してくれるのだ。
本当に楽しみにしていた。
その、卒園式の前々日から高熱で倒れた。インフルエンザだ。嫁さんも倒れた。
夫婦で卒園式を欠席した。悔しい。
式の直後、娘も高熱となった。
みんな倒れた。
あまりのひどさに、タミフルも呑んだ。何となくヘンな夢を見た。
その後、声が嗄れ、未だに戻ってこない。
微熱と咳が続いている。
それでも、毎晩、午前様で仕事をした。コンピュータ仕事だ。
ちょと辛いと思った。
明日、もう一度病院に行こう。
山は春だ。ギフチョウのパトロールもはじまっている。
18日・19日と山に入った。
そして今日4月1日は、恒例の官民パトロール。
咳を圧して参加した。
山は気持ちが良かった。
娘は、同級生の家に無理矢理預かってもらった。有り難い。
娘にとっても、その方が有り難かったに違いない。
何でも、田んぼの方でカエルを捕まえてきたのであった。
さて、山でのパトロール中のこと。通報が入り、常さんと政さんが風のように山を下りた。そして、違法採取を行っていた50代ぐらいの男を捕まえた。
採取をした瞬間ではなかったので、逮捕には至らなかったが、警察がかなりのお灸を据えた。
逮捕ならば30万以下の罰金なのだ。
それにしても、言い訳を繰したという、蝶マニアの男のつまらなさ。なんだか情けなくなった。
何で、採取禁止の蝶を、コソコソと採るのだ。
地域の宝を愛する、僕らにとって、こういう事態は本当に悲しいのだ。
午後からは、金比羅に登った。
どうせ体調は悪い。読喰わば皿まで、的なノリで山へ登った。
ふもとから約一時間。娘も、娘と同級のマンちゃんも、そしてその母親も頑張って登った。
祠の前で、簡単なお祓いと、なおらい。
山の小さな祠の祭りは、実に静かで、身が清められる想いだ。
この半月ほどの、ちょっときつすぎる日々を、慰めてくれるかのようであった。
今月。僕は古峰神社に代参人としてでかける。
おふだをもらうのだ。
おそらく一生に一度の、行事となるだろう。
それを心待ちにしているのだ。
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