忌野清志郎完全復活祭(超長文)
忌野清志郎が癌、それも咽のがん、というニュースが駆け回ってもう2年。
はじめてあのニュースを聞いたときは、慄然とし愕然とした。
今までどれだけ清志郎の歌に助けられてきたか。
清志郎のシャウトに揺さぶられてきたか。
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ここ数年、すっかりライブから遠ざかり、新譜の購入も滞ってはいたが、それでもずっと清志郎だった。
心の奥底に、いつか何かの形で仕事ができたら、なんて事だって考えていた。
少なくとも、同時代のユーミンやサザンが海辺のロックなのに対して、清志郎のロックは山なのである。
きれいにすまして唄うのではなく、山に登るようなロック。
だから。どこかで接点を持てるのではないか、などと考えていた。
それだけに癌、という病名はきつかった。
しかし、おう。すごいな。
漏れ伝える情報に寄れば、どんどん回復していると言うではないか。
そして、復帰一発目の武道館!
まだ余韻が続いている。
以下、だいたいMIXI日記のコピーです
2月10日。15時59分。藤野駅を定刻通りに発車した電車に揺られ、都内へ。
ちょっと疲労を感じ全身を電車の席にゆだねて、書評用に送られてきた本を読み始めた。
その頃から、ちょっと嫌な咳が続くようになった。
こみ上げてくるような咳。二月になった頃から、ちょっと風邪気味となった。
いつもなら加速度的に風邪に全身をむしばまれてゆく僕なのだが、昨年来比較的体調を整えてきたこともあり、何とか耐えてきたのだ。
しかし、ここまで耐えてきた堰が少しずつ崩れかけてゆく。一度咳き込みはじめると、肺の奥底にまで残ったわずかな空気まで無理矢理絞り出してしまうような、突き上げてこじあけてゆくような咳が続くようになった。
大丈夫かな?という心配をよそに、電車はどんどん都心へ。気がつけば国立も国分寺ももうすっかり過ぎてしまっていた。そして、僕が降りたのは中野。
時計を確認。およそ17時。18時の開演にはまだ間に合う。ブロードウエイで咳を止める薬でも探してみよう。
こうして、中野で降りて正面の商店街へ。賑やかなアーケードに入り込めば、あっという間に薬屋は見つかった。でも、結局咳止めを買うことは無かった。薬で簡単に収まるものではない、と思い直した。今まで薬を飲んだとたんに、咳が止んだ、というダイナミックな経験はほとんど無かった。それに薬を買うほどリッチじゃない。一応店内をぐるりと見回してそのまま元の通りへ。
そうだ、リッチじゃない人間にふさわしいことをしておこう、というわけではないが近くの牛丼太郎で腹ごしらえ。並三百円也。わかめスープ付き。さあ、あとはキヨシロウだ。
東西線で一気に九段下へ。そんなに混んでいた車内ではないが、九段下で降りる人が多い。エッ。みんなそうなのか。改札付近からもうすでに人の波。人の波。
オイ、見事にオッサン、そして同世代かその上のお姉さん揃いじゃないか。ばしっと決めているのもいれば、そうでないヤツも。そして子供を連れているご夫婦?も。
みんな、青春の一頁にキヨシロウが根を張っている奴らなんだろう。うねるような高揚感。すでに咳なんか忘れていた。ペットボトルでお茶でも買っておこうと思っていたのも、すっかり忘れていた。
薄暗い靖国通りから北の丸公園。そして武道館。人の波。エネルギーの波。みなキヨシロウのために、足を運んでいる。
鞄から取り出したチケットはアリーナB4ー43と席が記されている。仲井戸チャボ麗市ファンクラブの先行予約で入手したチケットだ。仲井戸さんのファンクラブからコンサートの案内が送られてきても、ここ数年コンサート会場に足を運ぶことはなかった。まあ、時間的にも金銭的にも、遊べない僕なのであった、というより他の遊びが多すぎて、ということ。
しかし、今回のキヨシロウだけは何としても足を運びたかった。
咽頭癌になったのが、すでに二年以上前。もう、あの歌声を生で聞くことはできないのではないか、その事実に愕然としたのだ。
十代の終わりから二十代にかけて、いったいキヨシロウの歌にどれだけ励まされ、慰められ、勇気をもらってきたか。その歌詞の深遠に、転がるような言葉遊びに、唸らされ、シャウトする声に鼓舞され、這いつくばりながらも歌いうめく姿に、我が身を重ねたか。社会との摩擦にすり切れることのない姿に、どれだけ力づけられたか。
言いたいことを歌ってくれたのがキヨシロウだった。
とにかく人生の一つの指針としてキヨシロウはいつも歌ってくれていたのだ。
僕がキヨシロウのファンクラブにも入ったのは、フリーになった頃だったような気がする。だから、全盛と呼ばれるより相当後の時代だが、その頃、生のキヨシロウを何度も聞いていた。そういえばタイマーズも生で見たし、チャボさんとのセッションも数回は見ていたはずだ。
そういったことが走馬燈のように頭を駆けめぐってゆく。しかし、最後にキヨシロウを見たのはもう七年も前のことになっていた。レスペクト、だったか。同じ武道館の北側、つまりステージの裏側からであった。あの座席は、正直いただけなかった。コンサートに身が入らなかった。それがもし最後のキヨシロウになったら・・・それも嫌であった。
もぎりの係員がチケット半券をうばったあと、キヨシロウの快気祝いが配られた。何と手拭いだ。完全復活祭 日本武道館、とデカデカと書かれた手拭い。上等じゃないか。日常より手拭い使いの僕にとって、またとない贈り物だ。ボロボロになるまで、使ってやろうじゃないか。
数カ所で誘導され、やっと会場に入る。巨大な器の底に放り込まれる。そこはすでに何か怪しいエネルギーの巨大な吹きだまりと化していた。すでに着席している人を掻き分け僕の席に入る。周りを見回す。三百六十度、人人人人人人人。すごい。どこからどこまでも埋め尽くされている。何だか、ノアの箱船、なんて言葉を思い出した。みな一つの船に乗っている。そんな錯覚。
正面には幅広いステージ。天井からはスクリーンが両脇に。(他にも数カ所あったようですが・・)
鞄の底に忘れ残っていたのど飴を投入。少しは役に立つのだろうか。
もしかしたら。
もしかしたら、
もしかしたら、キヨシロウを生で見るチャンスは今日が本当に最後になってしまうのではないだろうか。僕が心に抱いていた恐れはこれであった。
完全復活祭、と銘打って、でも、本当に復活できていないのではないだろうか、などという失礼な考えがフツフツと浮かんでは消え、そしてまた浮かぶ。直ったぜ!なんて言いながら、ジャア、バイバイって言うんじゃないだろうか。そんな心配が巣付くっていたのですよ僕の心に。
その心が消える前に、客電が落ちた。
すでに、スタンディング。全員スタンディング。
音楽が聞こえはじめる。RC時代の曲。何だかぼーっとしていると、頭上のスクリーンにキヨシロウが映し出されている。
確かにキヨシロウなのである。しかし、どう見てもそれは爺さんなのである。いや、もっと渋い顔だ。ジジイだ。弱った、やつれた。髪の毛一つ無い顔。しかし、目だけは死んでいない。抗ガン剤の副作用。ごっそりと髪の抜けた、まるで死の淵に立っているような表情のキヨシロウ。嗚呼、と思わず叫びたくなる容姿。
スライドが駒送りで進んでゆく。スキンヘッドがぐるんぐるん揺れている。
少しずつ、少しずつ、髪の毛が生えてゆく。顔に精気が漲ってくる。そして髪は逆立ち、ベットから起き、衣装を整えステップを踏み。清志郎が近づいてくる。
坩堝。興奮の坩堝。
バンドの演奏がはじまった。まだ清志郎は出てこない。じらす。じらされる。早く早く、
おー、出てきたよ舞台左袖。こうしてはじまった一曲目はJUMP。
歌っている、跳んでいる。キヨシロウだよ。生きていた。本物だよ本物。すごいよ。声。なんて迫力のある、生きているロック。ああ。
何曲目かの後で「椅子に座って小さな声でやるのかと思っていたけれど、バンドに戻ってこれて最高!だぜベイビー」といったMC。よく帰ってきた。凄い。
比較的新しい曲が数曲続いてから。
そうだそのイントロは。「いい事ばかりはありゃしない」だ。
ステージ袖から影のようにやってくるのは、チャボ。そうだ。ギターを弾きながらの仲井戸さんだ。
このRCの名曲。やっぱりチャボさんがいなくっちゃ。オマケに今回ドラムには「コーちゃん」こと新井田耕三が入っている。すっかり真っ白くなった髪。でも、コーちゃんだ。あとはリンコさんがいれば、などというのは贅沢か。でも、是非見てみたい聞いてみたい。などと思いながら、いい事が佳境に入ってゆく。一本のマイクでキヨシロウとチャボが声をあわせる。もう、何とも言えない
そして、途中から仲井戸さんがソロでボーカルをとる。
新宿駅のホームでウトウト
吉祥寺あたりでゲロはいて
すっかり酔いも冷めちまった
ここまで聞けば、次は何としても国立に来てほしい。絶対に国立に来てほしい。クニタチ。
最終列車で、
国立に着いた・・・
感涙、あふれ出したよ。
感涙極まった。ついに涙が溢れてしまった。
中学高校、僕は六年間、国立に通った。できのよい生徒ではなかった。落ちこぼれだった。まあ、異端だった。
あの頃はRCが全盛期になっていた頃とオーバーラップする。しかし、その頃はRCにのめってはいなかった。面白いと思って聞いてはいたが、のめり込むほどではなかった。それでも、駅の近くのレコードプラントにもたまには通っていたし、焼きそばの丸十だったっけかな、そこでもしばしば食べていた。
つまりその頃のRCの軌跡と必ず交差していた日々を送っていたはずなのだ。
僕がRCにのめったのは、その数年後、大学に通い、一方的に恋をし、それが全くの空回りにしか過ぎなかった数年間。その数年間を振り返れば、どれだけRCに救われたか。
今でも僕がファンクラブに入っている仲井戸麗市は、僕の高校の出身である。年代的にも十年以上の開きがあり、だからどうということもないが、それでもあの場所にいたはずだ、という確信は、このバンドをさらに身近に感じることができる一つの要因であったのだ。
この「いい事ばかりは」はレコードでは「最終電車でこの街に着いた」と歌われたほかライブでは「最終列車で横浜に着いた」といったように、その会場の場所を入れて歌われることがい多い。でも、最終列車で武道館についた、ではなく、国立に帰ってきてほしかったのである。
だから、チャボさんの「クニタチ」を聞いたとたんに、もう涙がどうにも止まらなくなってしまった。帰ってきてくれたのだ、キヨシロウが。
本当に帰って来やがった。嬉しいよ。
いい事ばかりはありゃしない。そうだ。そんな人生だ。でも、でも、
ありがとうよ
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コンサートの楽曲順をセットリストというらしい。
MIXIのコミュで紹介されていた、今回のコンサートで演奏されたセットリストは以下の通り。
JUMP
涙のプリンセス
誇り高く生きよう
ダンスミュージック☆あいつ
NIGHT AND DAY
デイドリームビリーバー
いい事ばかりはありゃしない(ここから仲井戸さん登場)
君が僕を知ってる
チャンスは今夜
僕の好きな先生
私立探偵
多摩蘭坂
毎日がブランニューデイ
コーヒーサイフォン
GOD
スローバラード
激しい雨
ドカドカうるさいロックンロールバンド
キモチE
BABY何もかも
アンコール
よぉーこそ
ROCK ME BABY
雨上がりの夜空に
LIKE A DREAM
とにかく二十曲以上、全力疾走であった。
清志郎のコンサートでは、この疾走が本当に疾走である。
その印象をさらに深くするのがブラスセッション。
ニューブルーデイズホーンである。
梅津和時&片山広明、という最強のサックス陣。
そしてもうひとりペットの渡辺隆雄。
梅津さん、相変わらず、はねるまわる。クルクル動く。
野太いサックスがバンドに重量感を与える。
まったく変わらない。
片山さんも、そういえばかつて大病を患っていたはず。
さすがにはねたり肩車したりは無いけれども、渋いなあ。
もうこれは完全にRC、と思いたいが、やっぱりリンコさんがいないのが寂しいところだ、本音を言うとね。
で、途中からは印象的な部分をピックアップ。
仲井戸さんがリードボーカルをとった
「チャンスは今夜」
何だか一番二番三番、歌詞ががぐちゃぐちゃだぞー、と思いながらノリノリで聞く。これ、若いヤツの歌。若い男の唄。五十過ぎて。こんなに明るく歌うなうなよ。何だかニヤニヤしちゃうよ。嬉しいよ。
「僕の好きな先生」
はRCのデビュー曲。思いっきりアコースティックな楽器構成。清志郎のカズーがいい味を出している。これをステージで聞いたことはあったかなあ?
翌日のスポーツ新聞にはこの曲のモデルとなった先生も武道館に来ていたとのこと。御年七十歳を楽々越えているという。
僕はそういった先生に巡り会えなかったなあ、などとあらためて思いを巡らす。
そして「多摩蘭坂」
イントロで、もう涙腺がゆるみすぎた。
清志郎の、RCの楽曲には、月が似合う。
実際、多くの曲に月が歌われる。
蒼くて冷たくて、でも暖かい。そんな月の歌でも、多摩蘭坂の月は格段に丸いような気がしている。
国立駅から南に向かってまっすぐ伸びているのが、大学通り。
そして、その大学通りから等角になるように放射線状にのびる二本の道。一本が南西へ向かう富士見通り。そしてもう一本が東南へ伸びる旭通り。
そのまっすぐのびた旭通りが東側に向きを変えると河岸段丘の崖線を一気にぐっと登る坂が現れる。
これが多摩蘭坂。
この坂も何度も上り下りした坂。
何でもない平凡な坂だが、その石垣の一つ一つの石という石に、RCファンのメッセージが書かれていた。
黒井千次の短編に「多摩蘭坂」という小説がある。RCの曲が小説の昇華した作品であり、もちろん小説の内容はRCの曲からはどんどんと離れてゆくのだが、その基点である曲をしっかりと評価している。まあ、そんなことはどうでもいい。
静かな曲が武道館をやさしく包む。静かな曲の力が、優しさの力。か細い力。愛とか恋とか。そんなすべての感傷を、遠くのお月様が静かに静かに見守ってくれている。透徹した冬の空気のわずかな揺れを、歌っている。
そして、ふるえるようなボーカルに、僕もまだふるえている。
「コーヒーサイホン」
「清志郎二十一歳、仲井戸麗市二十二歳。はじめて一緒に作った曲です」チャボがこう言ってから歌いだした。
ワークス、というチャボさんのCDで聞いていた曲、いや古井戸のポエジーか。こんな切ない歌を、そういう若さで作ったのか。
しかも二人で。その二人だって、それから三十五年後の今日を想像することなどできなかっただろうなあ。そうか三十五年前といえば、まだ小学校の低学年、娘とほとんどかわらない年の頃か。
これだけの歴史を積んできているんだよなあ・・・
「スローバラード」
名曲中の名曲。どれだけ助けられたことか、この曲に。
ただ、演奏の最後で何度もリフレイン?したのが鼻についた。
もっと素直に消え入ってもよかったのではないだろうか。
少々不満が・・・
「激しい雨」
これは、闘病生活直前に録音された「夢助」の楽曲。曲中にRCサクセションが聞こえる!というフレーズが繰り返される。
RCは解散、とは言っていないが、その活動が休止になってもう二十年近い。その後、ソロになった清志郎は23S、スクリーミングレビュー、リトルスクリーミングレビューなど、さまざまなバンド活動をしてきていた。そして現在はナイスミドル。でも、どうしても清志郎はRCなのですよ。それは現在の否定でもなければ、単なるノスタルジアでもないのですが。
だから、この日この曲で、「RCサクセションが聞こえる」が会場に響き渡ると、もうそこはRCの世界になってしまうのです。
もちろん僕もノリノリで拳を振り上げていたのだが、
バンマスの三宅伸治は、ちょっと悔しいだろうか、それとも嬉しいのだろうか。
RC時代よりずーっと清志郎と共に歩んできていた伸ちゃんだが、どうしてもチャボがいると二番目のポジションにならざるを得ない。
でも、大人だねえ、っと思う。同じ名字なので、気になる存在の三宅伸治。彼がいなかったら、清志郎はもっと早くボロボロになっていたのではないだろうか、などと思う。チャボと比較されるわけではないだろうが、なかなか清志郎の戦友(ちょっと嫌な言葉だがお許しを)になりきれない、ちょっとボウヤ、なのであるが。
まあ、タイマーズが復活すればね、と思い返す。
ここからは激烈RC!
とにかく渦巻いているのですよ会場全体が。どかどかでがったがったなのです。
で、
アンコール前の一曲。
清志郎「世界には戦争やテロや・・・いろいろあるけれど、
聞いておきたいことがあるんだ」
いつもの、それは本当にいつもの清志郎のせりふだ。
そうだよ。清志郎がもうこんなにながく歌を歌っているのに、なんで世界は平和にならないのだろう。清志郎は平和のメッセンジャーなのだよ。昼間の広島市長の話、そして清志郎。なんてすばらしい流れなんだ。
「愛しあってるかい?」「イエイ」
「愛しあってるかい?」「イエイ」
こんな陳腐でストレートな、そして変わることなく清志郎らしい言葉を、この耳でしっかりと聞き、そしてしっかりと答えた。答える事ができた喜びで、また涙した。
そして、ラストの曲が終わる。久しぶりの着席。いったいどれだけの時間が過ぎたのだろうか。
開演前、武道館内で買ったお茶をぐいぐい飲む。途中、咳は出ていたが、清志郎のパワーに押され、(実際はアンプとスピーカーのパワーに押されなのでしょうが)その音は自分でも聞き取れなかった。それほどにガッタガッタと熱いコンサート。
そしてアンコール。
「よーこそ!」
またまたオープニングに振り出しだよ!
何という元気さ。
もう夜明けまで突っ走ってくれ!
じゃあバンドのメンバーを紹介しよう、ギター弾くしか脳のないヤツさ
古くからのオイラのダチさ
まったく、本当に古いんだよ。すげーよ。
アンコールでは舞台にいろいろなゲストが登場するのではないか、と思っていた。快気祝いセッションでもあるのではないか?と
ところが、そういったサプライズは無し。
もうグイグイグイグイ引っ張り暴れる。すごい。
この持続力。声量。誰が病気になっていたのだ、嘘だろう。冗談じゃない。溢れるパワーに、もうかなわんと思った。やっぱりキングオブライブだ。
チャボがあのイントロを掻き鳴らす。
「雨上がりの夜空に」
最近、清志郎がキングやゴッドなどという呼ばれ方をする事には抵抗感があった。キングやらゴッドやらそういった曲もあるのだが、腑に落ちなかった。
でも、RC時代のライブアルバム、キングオブライブは、なるほどキングだ、と唸らせるものであった。そのキングオブライブが咆吼しているのだ。炸裂しているのだ。爆発だ。感無量だ。発射だ。
こんな夜におまえに乗れないなんて!
こんな夜に発車できないなんて!
ダブルミーイングの歌詞が、俺らをぶん殴って、なぎ倒して、また揺さぶって。襲っては襲ってさらに襲いかかる津波か突風か。ドカドカでガッタガッタ!
ウオー。清志郎だよ清志郎。生きてたよ。生きてるよ。
ガンガンだよ。ガンガン。
最後は礼儀正しく、深々と礼。そして去ってゆくバンド、ひとり残る清志郎。一本のギターで絶唱。あとでライクアドリームという曲だと知る。
これでおしまい。そしてこのお終いは、きっとすべてのはじまりではないだろうか。
屋根裏・久保講堂といった伝説のライブ。その伝説が新たに書き換えられたライブだった。その場に居合わせた至福に、完全に乗っ取られた。
コンサートが終わってもう3日。この余韻は何だ。
早く仕事をしないと・・・
でも、その前にやっぱり聞いておこう
「愛しあってるかい?」
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